カテゴリ:家族( 9 )

 

怒濤の5年間 そして新たに。。。

f0047870_16582770.jpg



10月24日は ぷりんの5回目の命日でした。
もう、5年。。。

今でも1日たりと思いださない日はありません。
大袈裟では無くて 

ほら ぷりんは私の手の中に居てるから。。。

なんのことだか分からん!という方は

こちらから


悪性リンパ腫になって
抗がん治療して
完全寛解したのもつかぬま
半年後には 脳に転移して
毎日毎日 発作に苦しめられ。。。

旅立っていった朝のことは今もはっきり思い出せます。

辛かったと思います。
苦しかったと思います。

でも、 ぷりんは最後まで 勇敢に病魔と闘いぬいたのです。
その姿は私たち家族の心に焼きつき ぷりんを心から誇りに思っているのです。

多分私たちは 私だけではなく ぷりんの死を乗り越えたことで
その後の生き方は 変わった。。。と言えるくらいです。

いっぱい 一杯 いろんなことをぷりんは 私たちに残して行ってくれたのです。


ぷりんが亡くなったのが 2005年10月24日

そして 我々の元に 「大和」がやって来たのが
2006年1月7日でした。

大きな大和を迎え てんやわんやの日々
大和も私たちが必要だったかもしれないけど
私たちも 「大和」が必要だった
お互い 手を差し伸べ何かを補いながら
癒しながら日々だったように思います。


そんなこんな日々を過ごし ぷりんが亡くなって 丁度1年後の
2006年10月25日

本当に一日違いで 私の実父が亡くなったのです。
ぷりんと病名は違いましたが
ぷりんと同じように最後は「呼吸が出来ない苦しみ」が父を襲ったのです。

刻々と変わる病状 
次から次へと重い決断しなければならない状況

全く頼りにならない母とうろたえる妹の元に
千葉から駆け付け 鞄を置く間もなく
カンファレン室で医師達の説明を
少しは冷静に聞くことが出来たのも 
父の前では 笑顔を作ることが出来たのも
最後まで希望を捨てずに道を探すことが出来たのも
父の苦しみを少しでも和らげることが出来るように決断出来たのも

他人様は 笑うかも知れないけど
私は ぷりんと一緒に闘った日々があったからこそ

だと思っているのです。

それまでの私と言ったら 病気なんか関係なく
病院も 医師も遠い存在で

先生が意味のわからない言葉なんか言っても
聞き返す勇気も無くて 笑ってごまかし
分かっていないのに 分かったふりなんかしてしまい
結局は なんとなく いろんなことを決めてしまい
いや、決めさせられてしまい
納得の出来ないまま 父を見送ってしまったことでしょう。


もちろん ぷりんだけではありません。
千葉から遠く大阪で 父の元にずっといられたのは
パートナーである夫や 大和を預かってくれた人や
医学の知識のない私に アドバイスしてくれた 看護師の友人などなど
様々な人々のお陰なのです。


実際 私たち夫婦は ぷりんが亡くなった時
すべてを呪いました。
納得なんて出来ない。出来なかった。
何故 ぷりんなのか
何故 リンパ腫なのか
何故 再発したのか
何故 リンパ腫が脳に転移したのか
何故 呼吸器官がマヒしたのか
何故 視力を奪ったのか・・・・
何故 私の可愛い大事なぷりんなのか!


全然 納得なんて出来なかった。
何もかも すべてを恨み 呪いたかった。




でも 恨んでも 呪っても 悲しみは消えない。
私は 宗教なんて関係ないし 信心深くないし
思慮深くもなければ教養も無い。

だけど 悲しみを癒すのは

「感謝」だけしかない。

と今は思うのです。
その想いを 最後父に素直に言えたこと
それは やっぱり良かった。
大和が私の気持ちを和らげ
ぷりんが 背中を押してくれた

と思っています。


父を見送り まだ 落ち着かない 翌年
2007年3月 転勤で奈良に引越し
奈良の大学に下宿し通学していた娘と
再び一緒に住むようになり
家族 水入らずになり 落ち着くかと思ったその年の秋

2007年11月

小さいけどとんでもないやんちゃな問題児

飛鳥丸が私たちの元にやって来たのです。
何故 飛鳥丸を引き取ったのか

正直なところ 今も分かりません(笑)

だって 写真1枚で 引き取ろうと決めて 熊本から
飛行機でやって来たんですよ
なのに。。。。 抱き上げようとしたら 縁の下に逃げ込んで
出てこないどころか触ろうとしたら 
まるで殺されそうな悲鳴を上げて。。。。

今じゃ 笑い話

きっと 来るべくして来た
きっとうちの子になるために 熊本の保健所に
連れて来られたんだわ。。。


そう思わずにはいられない。

やっと抱きあげられて 触れるようになり 
ワクチンさえ終われば 散歩も出来る。。。

と思ったのに 今度は

先天性の心臓疾患が見つかったのだから

「動脈管開存症」

でも的確な手術すれば完治可能といわれ
喜んだのもつかの間

今度は 

「血液凝固異常」なんて言われてしまって

心臓の手術をしなきゃならないのに
「血が止まらない」

なんて あんまりじゃないですか


秋田犬って 半年で20キロにもなると言うのに
うちの飛鳥丸は 6~7キロほど
獣医さんには 柴サイズの秋田犬 15キロにはならないかなぁ

なんて言われてしまうし
心臓は悪いって言われるし
血は止まりにくいと言われるし

飛鳥丸 おまえはなんという運命の元に生まれてきたんだ。。。

ついつい暗くなりがち私に
「元気玉」を送ってくれるのは 飛鳥丸
彼自身

いっつもニコニコで走り回って 転げまわって
「ボク 生きているよ 生きているよ 生きているんだ!!」って
全身でぶつかってきてくれた

その飛鳥丸が一番信頼していたのは 「大和」

飛鳥丸が我が家に来た日から 困り顔しながら
飛鳥丸の傍若無人な めちゃくちゃな暴れん坊にも
忍耐強く 穏やかに 優しく 時にはキビシク
飛鳥丸に接してくれた。

飛鳥丸の気持ちが一番よくわかってたのが
大和なんだ。。。きっと

そういえば 大和も うちに来たころは ハチャメチャだった。
でも、やっぱり 「生きてるよ 生きてるよ 」
「今日はこんなところに行ったね! こんな人にあったね! こんなことしたね!
母ちゃん 生きているっていいね! いいね! 嬉しいね!」って
体中で言ってたもんなぁ~

飛鳥丸の兄弟は 酷い栄養失調で保健所で餓死したという
持ち込まれた時には 手遅れだったのだ。
そんな中 心臓が悪いのに 飛行機に乗って やって来た飛鳥丸

先生は手術までは出来るだけ 安静に。。。って言われたけど

いいさ 大和とのプロレスだって やっちゃえ~
ドッグランだって行っちゃったさ

それで もし もし ダメだったら仕方ないよ
今を 生きているんだもんね 飛鳥丸
大和が好きなんだもんね 飛鳥丸

生きているのが楽しくってしかたがないんだものね。。。 


循環器専門のお医者様をかかりつけの先生が紹介してくれて
6時間に及ぶ手術を 無事 乗り越えた飛鳥丸

「ありがとう ありがとう」

感謝するしかないじゃないか


血液の凝固異常も 多分 栄養失調から来たのだろうと言うことで
3歳の今では 全く問題なし

そのあとも 大和は「血小板減少症」と言われるし
本当なら 体が紫色になるくらい 重篤になるはずだけど
大和は なんかしらんけど
今は 元気だ

飛鳥丸だって 時々歩けなくなったりして 
リュウマチの因子を持っているかもしれないなんても言われたけど

でも、今は元気!

そう、今は元気なんだ

先のことは分からないさ。。。みんなね!


しかし ふり返ってみれば この5年間 いろんなことがあった。

そして来春
私たちは 千葉に帰ります。


まだ 怒濤の日々は続く。

と言うことで これからも よろしくね。

ぷりん

そして 皆様m(__)m

いつもは口に出して 申しませんが

「感謝しております。」
[PR]

by yamato_01w | 2010-10-28 18:25 | 家族  

半年経ちました

f0047870_23115113.jpg


昨年の11月23日に この家にはるばる熊本から 飛行機に乗ってやってきた
ボク 飛鳥丸です。
指を折って数えてみると 5月23日で丁度 半年経ったことになります。
今 ボクが座っているこの 椅子

f0047870_23171939.jpg


このカードの椅子と同じです。
すっかり小さくなってしまいました。。。椅子が

思えば この写真がボクとお母さんを結び付けてくれた写真です
f0047870_2319191.jpg


ずいぶんガリガリだね。。。ボク
この頃は体重も4キロぐらいしかなかったらしい。

f0047870_23201447.jpg


飛行機は怖かったし どこに行くのかも分からず もう、心臓がバクバクだったボク
このケージから絶対出ないぞと決めていたんだ。
だから お母さんがケージからボクを出そうとして手を伸ばしてきたとき
思わず「悲鳴」を上げてしまった。今思えば ちょっと恥ずかしい。

f0047870_23263016.jpg

なんかねずみみたいだね ボク

f0047870_23291365.jpg


この日 大和兄ちゃんは ボクがベッドに入るのを何も言わずに許してくれた。
だから ボクは 大和兄ちゃんがとっても好きになったんだ!
しかし 笑っちゃうくらい 大きさが違うね。ボクと大和兄ちゃん

f0047870_23312562.jpg


それが 今では ほら

f0047870_2332893.jpg


大して違わないだろう(^_^)v 連休前に体重を計ったら18キロだった
この家に来た頃は6キロぐらいだったから 半年で3倍になったんだ!

しかし この半年でいろんなことがあったなぁ
やっぱり一番の出来事は 「心臓の手術」だよね。
そのときは みんなに心配をかけてしまったし
いろんな人に応援してもらった。。。
ありがとう!
お陰で ボクはこんなに元気になって こんなに大きくなった。

f0047870_23392065.jpg


これからも 大和兄ちゃんとお父さん お母さん お姉ちゃんと
仲良く 楽しく 元気に暮らして行きます。

本当の家族を見つけられずに 
冷たく誰にも知られず 
一人ぼっちで死んでいった
仲間の分まで。。。

f0047870_23422980.jpg


これからも よろしく!
[PR]

by yamato_01w | 2008-05-25 23:45 | 家族  

2008年 今年もよろしく!

f0047870_450132.jpg


新年 明けましておめでとうございます。。。。
というのもおかしいぐらい 日にちが経ってしまいましたが。。。

皆さんにとっても ボク達家族にとっても良き年になりますように。。。

改めて

f0047870_4525572.jpg


今年もよろしくお願いしますm(__)m

f0047870_454681.jpg


ボク達は今年も 仲良く

f0047870_455435.jpg



マイペースで秋田犬道を歩んで行きたいと思っています。
[PR]

by yamato_01w | 2008-01-10 04:57 | 家族  

大和の国から。。。今 ボク 困っています。

f0047870_22474445.jpg


ボク  大和です。 
昨日から変なチビが ボクの家の中をウロウロしていて
ボクは 困っている。。。
f0047870_22553699.jpg

f0047870_22555469.jpg


「オスワリ」も「マテ」も 何にも分からなくて
ボクがオスワリをして マテをしている回りを ウロウロ ウロウロ歩き回っている。

f0047870_22562075.jpg

まるで エイリアンだ。

その上 時々おしっこまみれ うんPまみれになったりして
臭い!

f0047870_22565816.jpg


その上 慣れなれしい。

f0047870_22581148.jpg


それに チビで踏みつけてしまいそうだ。

f0047870_22584891.jpg


足も悪くって プロレスも出来ない。。。。

f0047870_22595552.jpg


なのに ちっともじっとしていない。

f0047870_2302850.jpg


仕方が無いから ピーピーボールを貸してやった。


f0047870_231883.jpg


このトンデモナク うざくって 図々しくって 可愛いやつが

ボクの弟 「飛鳥丸」だ


ヨロシク!!
[PR]

by yamato_01w | 2007-11-24 23:04 | 家族  

大和の国から。。。初めまして!

f0047870_2333232.jpg



初めまして!
ボク この度 大和兄ちゃんの弟となった
熊本から飛行機に乗ってやってきた「秋田犬の子犬君」です。
。。。
名前は まだ 無い

そうです。。。
今 候補が3つくらいあって
「最終的な詰めの段階」だそうです。
名前は 一生のものなので 「大事」
なのだそうです。

今日はとてもいろんなことがあった日でした。

f0047870_2372145.jpg

f0047870_2373773.jpg


何もかもが初めてで 緊張の連続で
ハッキリいって まだ 事情がよく飲み込めないボクです。

それに 大和兄ちゃんでっかいし。。。

f0047870_23124100.jpg


仲良くなれるか 多分大丈夫だけど
今日は このぐらいの距離を保つことにしました。
では おやすみなさい。。。。
[PR]

by yamato_01w | 2007-11-23 23:13 | 家族  

大和の国から。。。両手に花と言いますが。。。

f0047870_9521942.jpg


ボク 大和です。 ご無沙汰してます!
ボクはずっと元気だったんだけど お母さんとパソコンが
ずっと調子が悪くて 大変だったんだ。。。
お母さんなんか 「ものもらい」とか
いうのにもなって ずっと 「マサムネ」状態さ。。。
でも、復活したみたいだから安心してね!

11月になって急に寒くなってきたね。
皆さんも風邪など引いていませんか?気をつけてくださいね。

ところで この写真は2,3日前 お母さんとお姉ちゃんと久しぶりのロング散歩
のときに撮った写真なんだけど
こういうのを
「両手に花」って言うんだよね。
だけどさ ボクの場合は 非常に「重たい」のだ。
もう ボクの方がつぶされてしまいそうだ。。。
ボクも頑張るのだけど この重さには耐え切れない。。。。


と言うことで 「相棒」を求めることにした。
しかし ボクの家では「相棒」は 「ペットショップ」からやってくることは無い。
今回も「里親」というのになるらしい。
しかも
なんと今回は 「熊本」から
「飛行機」
に乗ってやってくるらしい。

なかなかすごい奴じゃないか!
俺様 いやボクだって飛行機なんて 乗ったこと無いのに。。

それに こいつチビなのに 地獄も見てきたらしい。
骨も曲がっているらしい
歩くと足も引きずるらしい。

だけど ボクは楽観的なんだ
ボクもこの家に来たときは 歩けなかったし
背骨も曲がっていた。
でも 今は 見てのとおりさ!!

だけど 小さいくせに いろんなことを経験してしまった
まだ 見ぬ「チビ」
ボクは歓迎してやろうと思っている。

f0047870_1042216.jpg


チビの写真だ
多分左側の奴だろう。

23日に来る ボクの「弟」だ。

ボク同様 可愛がってやってくれ!
[PR]

by yamato_01w | 2007-11-21 10:07 | 家族  

登録しました

f0047870_011928.jpg
f0047870_021144.jpg


ボク 今日 注射をしました。
全然痛く無かったよ
「狂犬病」の予防注射って言うんだって

その後 お母さんと一緒に車で「役所」に行って
「登録」をした。
これで 「正式にうちの子になったのよ」と
お母さんは言う。
なんか分からないけど「よかった」ことらしい。

注射しに 獣医先生のところに行った。
体重が22,4キロになった。
お腹を壊さなきゃもっと増えてた思う。
ボク 長いこと十分にご飯が食べられなかったから
今も 欲張って食べるとお腹の調子がすぐ悪くなってしまうんだ。
お腹さえ丈夫なら もっと一杯食べられるのになぁ。。。
残念だ!

それに 先生は言ってくれたんだ。
「一杯 筋肉もついてきて 足もしっかりしてきたねぇ」って
お母さんもすごく嬉しそうだった。


これで ボクは 正式に 「家族」になった。
これからもヨロシクね!

--------------------------------

大和を東京都の愛護センターから引き出し 保護してくださった
ボランティア団体さん

「CATNAP」小さい命を救うネットワーク

そして 保護日記「一つだけの花」

こちらの保護団体さんは 東京都動物愛護相談センターに収容された犬猫の譲渡先団体として認可を受け 殺処分の期限が来ても引き取り手の無い子を 引き出し里親を探しています。
すべての子を 引き出すことは出来ません。
愛護センターにおいても そこまで来ても さらにそこで 「命の選別」をしなければならない
辛さは想像に難くありません。

また 愛護センターから引き出すとき CATNAPさんが 「元親」というか 「仮親」になります。
だから もし里親さんが見つからなければ 当然引き出した子たちは CATNAPさんのスタッフと生活するわけです。東京という都会の中で複数の犬の保護をすること
どれほどの苦労ががあるか。。。

狂犬病の予防注射をし 登録を済ませ CATNAPさんから 所有権が我が家に
都を介在して正式に移ったわけです。
私たちは 都にも 登録番号を知らせると共に 誓約書も提出しました。
[PR]

by yamato_01w | 2006-01-31 23:59 | 家族  

君達の分も。。。

f0047870_0524485.jpg


僕はここの子になってから みんなに言われる。
「よかったねぇ ここの子になれて 」と

本当にそうだ。
僕が居た あのとっても冷たいところ
あそこから出られない子が一杯いる。
今も居る
そして もう、いない子もいる。

僕達 犬が悪いのだろうか?
僕達 何か悪いことしたのだろうか?

お母さんは 「違うよ」と言ってくれる。
「大和はちっとも悪くない」って

僕も あそこから出られなかった子も
変りは無い。
きっと あの子達も 「家族」を待っていたはずだ。
でも とうとう家族にめぐり合えずに
死んでしまった子

僕は その子たちの分まで 幸せになるんだ!

あの冷たいところのこと 目をさらさないで見て欲しい。

「動物愛護センターに行ってきました」 1月24日付記事

千葉WANのmaricoさんのレポートです。
---------------------------------------

このようなことを書くと 時々思いもかけないことを言われることがあります。

「うちは ペットショップから犬を買ってしまいました」
とか

「ペットショップから犬を買ったらダメなんですか!」
とか

「ペットショップから買いましたが 十分幸せです」
とか

そんなことが言いたいのではないのです。

大和を迎えて 「保健所から引き出した犬なんです」と
紹介すると 大抵の人が「よかったわね」とか
「幸せになりなさいね」とか好意的な言葉を掛けてくれます。
ところが 一人だけ違う人が居ました。

「まぁ 保健所につれていかれるような犬なの?」と・・・

保健所に連れて行かれるような犬とは
どんな犬のことですか!

人間の身勝手さ

それ以外に何がありましょうか?!


保健所で死んでいく犬たちへ
同じ人間として 謝りたい

ごめんよ!
せめて せめて大和は幸せにするからね。。。
[PR]

by yamato_01w | 2006-01-30 00:53 | 家族  

お父さんと僕

f0047870_23155235.jpg


昨日 僕はお父さんと2人だけで
初めてお留守番しました。
お母さんが「新年会」に行ってしまったからだ。
でも お父さんが居たからそれほど寂しくはなかった。

犬は家族と一緒じゃなきゃ生活できないんだって
僕にも家族は居たんだ。そう思ってた。
でも 違ったみたいだった。
家族を探してウロウロしていたら
「こっちにおいで」と言われて
「わぁ~~い 家族だ」と思って喜んで走っていったら
とても冷たくて怖いところに行ってしまった。
でも 優しいおばさんが暖かいお家に連れて行ってくれた
けど そこには 小さな 年取った病気のワンコとか
震えて吠えてばかりいるワンコとか一杯いて
僕はいつも狭い折の中に居た。
その人も家族じゃなかった。

今度こそ僕は家族にめぐり合えたんだと思う。
だから 嬉しくて嬉しくて
すぐに自分でもどうにもたまらないくらい
嬉しくなってしまって手に噛み付いちゃうんだ。
真剣に噛み付いているわけじゃない。
でも、時々力が入っちゃうときがある。
すごく叱られる。
特にお母さんは怖い。
でも、お父さんはお母さんほど怖くない。
だから つい調子に乗ってしまうときもある。

自分でもイケナイって思っているんだ。。。

こんなことしてたらお父さんに嫌われてしまうかも。。。
と実は僕心配だったんだ。
でも、 この間一杯歩きすぎて疲れちゃって
ハラペコになってしまって「もう。。。ぼくダメ。。。歩けない。。。」て
立ち止まってしまったんだ。。。
『もしかしたら 又1人ボッチになっちゃうかも。。。』って思ったら
お父さんが抱きかかえてくれたんだ。
僕って大きくて重たいから 時々僕もちゃんと降りて自分で歩いたけどね。
歩けなくなると またお父さんが抱きかかえてくれた。
嬉しかった!いい気持ちでラクチンだった。
思わず嬉しくてお父さんの耳をぺろぺろしてしまった。

その日から僕とお父さんは随分言葉が通じる間柄になった。
今も お父さんの手を見ると嬉しくって噛み付きたくなる。
でも、一生懸命我慢している。
そうしたら「大和 いい子だなぁ」と褒めてくれる。
嬉しくって また 噛み付いちゃう
あああぁ ダメな僕。。。。

だけどお父さん 大好きなんだからね!
分かってくれているかなぁ。。。
[PR]

by yamato_01w | 2006-01-23 23:38 | 家族